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春合宿 前半

ちびぃの体調不良は続き

退院してからも引きこもり中心の生活をしていたら

世間はあっという間に春休み。

 

 

先週は、

ちびぃの体調を気遣いながら

春休みに入った姪と甥と私の妹が

おかやまーに滞在してくれて

 

 

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にぎやかに春休み合宿してました♪  

 

合宿内容は、

甥とちびぃが、

小狭いマンションでサッカーをして

私に叱り飛ばされる

というのがベース。

 

 

あとは、

映画ドラえもんを観に行ったり

お好み焼き屋さんやパン屋さんやうどん屋さんなんかに行ったり。

 

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ちなみに

ドラえもんを観ているちびぃは

「うっひゃーーー」「たぁぁぁぁぁ」

「ぎゃははははーーーー」

「がんばれ、がんばれ、かーぶ(カブ太)」

とか

劇場に響き渡る大声を出しながら

腕を振り上げながら

誰よりもドラえもんを満喫していまひた。

 

うらやましいな。

 

 

 

 

あと、

動物園に行ったり、

路面電車に乗ったり。

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動物園では、

トラ、ライオンが恐いちびぃは

ドラえもんのちびぃとは別人のように

肝っ玉の小さな日本男児になって泣くので

仕方なく母ちゃんと

ミーアキャットとペンギンのエリアで待機。

 

で、

動物園の中で唯一ちびぃがちびぃらしく活動できる場所が

なんと 

 

 

 

 

ひよこワールド。

 

意外なほど、実はひよこ好きらしい。

 

で、

恐る恐る触れ

で、

妹Sちゃんに抱っこの仕方を教えてもらい 

で、

ようやく自分一人でキャッチできるように。

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やわらかいから?

つい

ムギューってしたくなっちゃうみたいで

 

ふと目を向けると

おぉぃ!!! 

ひよこ、にぎりつぶす気かっーーーーーーーー!!!!!

とか

母ちゃん血の気が引く場面も。

 

ひよこ、目をつむって羽をばたつかせていました。ゴメンね。

 

 

4月から、小5、小3、年少になる3人は、

一緒にお風呂に入ったり

3人で食事したり

観た映画のことを会話したり

ケンカしたり。

 

ケンカと言えば、

年少がジャイアンで、小3がのび太。

年少のジャイアンが、小3ののび太くんをバシバシ殴るわけです。

小3ののび太くんはとても優しい子で

年少のジャイアンが何をしても受け入れてくれるわけです。

 

そして、

年少のジャイアンは、

映画ドラえもんの中で、

ジャイアンがスネ夫やのび太をシメるシーンになると

「ぎゃははははー、スネ夫、やられちゃったねぇ」

とか指さして

ひとり盛り上がるわけです。

 

どうしましょう・・・。

 

トラとライオンが恐くて

ひよこ好きだけど、

だけど、

ジャイアンなんです。

 

すごーく厄介です。 

 

 

話しは戻りますが

子どもが3人も居ると

ケンカの仲裁は必要だけど

身の回りのコトはお互いでやるので

すごくラク。

 

母ちゃんはSちゃんと毎晩ワインを飲んで

お菓子を食べて

のんびりしていたら

驚くほど体重が増えてしまい 

ただの春の増量合宿になってしまいました。

 

とっても楽しかったケド♪

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やっぱり

お見送りは

ちょこっと寂しかったね。

 

 

 

そして。

明日から春休み合宿の後半が始まります♪

今度は誰がやってくるかな~♪ 

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本能?

 

近所の郵便局まで。

 

  

「ボクが持っていってあげる」

 

「大切な大切なお手紙だから

 ちゃんと持っていってね。」

 

 

 

お~。

すごい大切そうに運んでる。

 

 

 

頭の上に乗せて・・・。

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こーろーばーないで、ねー!!!

  

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3月も半ばで。

  

入院中ずーっと

寝言でも

「おうち、かえるー」

「これ(鼻チューブや点滴)、はやく取ってよー」

と言い続けたちびぃくん。

 

3歳にとって

1週間もおひさまの光を浴びることなく

病室に篭もる負担はやっぱり大きかったようで。

 

 

入院中、シャワー許可が出た日は

ナースステーション前で

「ぼく、おふろに、いってきまーーーす!」

と大声で腕を振り、

 

退院許可が出てからは、

「なんか僕、ウキウキしてきた~」

と他に入院患者がいる病室内で無神経なまでに大声で繰り返し、

 

家に帰るタクシーに乗った途端には

「あ、くも(雲)! あー、トラック~!」

と娑婆の新鮮さを満喫しまくっておりました。

 

 

  

春めいた陽気を感じるここ数日。

ちょこっとドライブくらいは良いでしょう。

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ランチくらいは・・・

それと

デザートくらいは

良いでしょう♪

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東京マラソン以降、走れていない母ちゃんは

なんだかカラダ全体がスイーツみたいになってきました。

・・・とってもとっても、やばいんですが。

 

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7泊8日

 

いやはや、

東京マラソン前ですら実行しなかった

禁酒修行の旅に出ておりました。 

 

 

ちびぃの入院の24時間付き添いで。

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東京マラソンが終わり

母子で体調を崩し気味だった矢先。

 

寝入り端のちびぃが、喘息のような発作に見舞われまして

街の夜間救急にかけ込んだところ

そのまま

山の方にある大病院に入院となりました。

  

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そもそも具合も機嫌もよろしくないちびぃが、

3本の管によってベッドに固定された時点で

もう

事態は最悪。

 

 

結局、

マイコプラズマ肺炎の仕業ということが分かり

治療策と回復への希望の光を得て

一安心したものの、

酸素マスクをいやがって叫ぶ&暴れるで、

マスク代わりのチューブ貼り付けを説得するまでに丸一日。

まぁ、最後は羽交い締めで。

  

1日4回の吸入をいやがって叫ぶ&暴れるで、

「稀に見る強者」とナースステーションのプチ有名人になり。

まぁ、結局、毎回、看護師さんと羽交い締めで。

 

慣れない環境にナーバスになっているし

寝ても咳き込んでスグ起きてしまうし

感染病なので部屋から一歩も出してあげられないし。

 

旦那はんも仕事が忙しいので交代はほとんどなく

ワガママ放題の殿様ちびぃの側から離れられず

母子二人、ひたすら忍耐の日々。

 

 

それでも。

 

医師、看護師ともに

親切かつ親身になってくれる方ばかりで

 

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時には、

病室から出られない子のために

読み聞かせのボランティアさんが来てくれたり

 

同室のママさんたちは、おかやまーの肝っ玉母さんばかりで、励まされ

 

近所、遠方からの友人や家族の励ましもあり

 

何とか乗り越えることができました。

あーーーー、よかった。

 

 

なにより。

 

徐々にではありましたが

 

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ちびぃが快方に向かっていき

 

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いつもの笑顔と生意気トークとヤンチャぶりを

取り戻していってくれたのが

兎に角の救いでした。 

 

 

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おかげさまで退院はできましたが

咳が治まるまでは大人しく療養でございます。

 

からだも

こころも

健康って

本当にありがたいね。

 

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東京マラソン 感謝物語

 

ところで。

ワタシが東京マラソンを走っていた頃

ちびぃは、

 

 

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お友だちファミリー×2と一緒に

シーパラシー太くんと戯れていたようです。

 

  

 

東京マラソンで久々の上京。

ビックサイトで受付を済ませ、宿泊する横浜へ。

 

以前、住んでいたマンションに少し顔を出すと、

マンションや近所のお友だちが10名くらい集まってくれ、

激励やお土産まで。

ありがとう。

 

 

夜ご飯をいただくため、野毛の「わかば」へ。

ちびぃのお友だちのパパとママがやっているお店です。

 

 

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完走するための食事を“お勉強”してくれたらしく

良質のタンパク質と、炭水化物をガッツリいただきました。

ごちそうさま。

 

 

宿泊は、Nっちゃん&Rくんの家。 

ちびぃは、Nっちゃん&Rくんと一緒にお風呂に入れてもらい、

さて、寝ますか。

と、思ったら

Rくんパパとイイ感じで飲み、酔っ払った旦那はんの幸せそうな寝息で

ぜんぜん寝付けないやんけーーーーー。

 

初マラソンに備えて

前夜は一滴たりとも!の禁酒をしたボク・・・。

にも関わらず、

初マラソン前の睡眠時間は、約3時間でした。

こんなんなら、飲めばよかった。 

 

ま、当然、足が攣ったのはこのせいじゃぁぁぁぁ!

と、

レース後、

八つ当たりの矛先は旦那はんに向きました。

 

 

 

さて。

マラソン当日の朝は、

Nっちゃんが作ってくれた朝食で

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睡眠不足も忘れました。

朝、5時起きにもかかわらず、ありがとう。

 

 

レース中は、

元会社の先輩方々、

面識がないので会えるハズのないNっちゃんのお父様

そして、旦那はんの沿道の応援と、

ネットの向こう側、テレビの向こう側で応援してくれていた方々に

支えられました。

ありがとう。

 

 

レース後は、

元会社の先輩方(新橋) → ちびぃのお友だち(横浜)

と、

お疲れ会をハシゴしました。

横浜では4ファミリー14人の宴会。

気が済むまで飲みました。

ありがとう。

 

  

マラソンの間は、

O家とN家が

ちびぃを八景島シーパラダイスに連れていってくれて

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ちびぃは、

久々の横浜ファミリーと

本当に楽しい時間を過ごせたと思います。

 

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大はしゃぎの2日間はあっという間で

上京3日目にはもうバイバイの時間。

 

 

羽田空港まで見送りしてくれて。

 

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1歳から3歳まで

大はしゃぎにとどめをさして。

 

 

そして、

少~し

さみしい

お別れタイム。

 

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と、なりました。

 

早朝から夜遅くまで

マラソンの渦に巻き込んでゴメンよ。

でも、

とーーーーっても楽しかったよ。 

ありがとう。 

 

ちなみに、

ちびぃは、おかやまーに帰宅してから

「ぼく、一人でヨコハマに行くんよ!」と鼻息を荒くしています。

夏休み頃、本当に行きそうでコワイんですけど。

  

  

 ・ ・ ・

   

今回のような大きな挑戦は、

自分の努力はモチロンですが、

挑戦できる環境、

協力してくれる人など

様々な条件が揃わないと

成し得なかったことです。

 

 

おかやまーでの準備期間も

東京での滞在期間も

多くの方に支えられていたから

ゴールまでたどり着けたのだと思っています。

 

みなさん! Thank youでした!

 

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東京マラソン ほろにが物語(下)

 

レース直後は、

マラソンは向いてないんだ、とか、

趣味マラソンとか言える立場じゃねぇな、とか、

そういう方向に落ちて行きまして、

惨敗を直視するのに精一杯。

あとは何も考えられませんでした。

 

 

そして一夜明け、

言えることは、

挑戦できたことは良かった

東京マラソンって、やっぱりすごく特別な大会だった

だけだな。

 

とか思って。 

 

 

そして二日が経って、

足の痙攣が酷くなる前に立て直すべきだったかも、

足が攣ったのは、フォームのせいかも、

靴紐をきつくしすぎたせいかも、早めの給水が少なかったせいかも、

とか、

レースの具体的な反省会が始まり。

 

 

そして三日が経って、

そうは言っても、20km+αは、かなり楽に走れていたかも、 

このままじゃ終われねぇな、

これからはロングの練習をもっとやらなきゃ、

足の筋力を強化して攣らない体質にしなきゃ、

耳鼻科に行かなきゃ、(←実は毎朝、鼻血が出る)

とか、

言っちゃってるワケですよ。

 

 

 

マラソンのシーズンが終わった今週は、

 

走れる環境をくれている家族に感謝をこめて

ちびぃとガッツリ遊んだり、少しだけ丁寧に料理を作ったり。

 

給水所のアミノサプリで靴底がベタベタになったシューズを洗ったり。

 

録画した25kmからの藤原新の激走ぶりを繰り返し見たり。

 

そんなことをしながら、

いろいろと思いを巡らせて

結局、たどりつきそうなのは、

 

走ることが大好きなワケじゃないけど、

走ることをやめると、やることがなくなる。

 

というトコロ、でしょうか。

 

 

 

いつかまた機会に恵まれた時

今回、つかむことができなかったナニカを

きっと

いや

ぜったいに手にしてみたいから

まだ

歩みを止めるわけにはいかなさそうです。 

 

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おしまい。

 

 

 

 

 

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東京マラソン ほろにが物語(中)

 

21kmを快調に過ぎ、

銀座から浅草にかけて沿道の人もぐっと増え、

街並みやスカイツリーを楽しみながら進みましたが、

もうすぐ浅草だわ~♪という27kmあたりで両足の指とふくらはぎに違和感が。

練習の時はスピードを落とせば違和感も消えていったので

ペースダウンして様子を見ていました。

 

が、

違和感は強まり、

とうとう足が攣り始めました。

両足とも、指先から太ももの付け根までピキピキと固まっていきます。

それでも、32kmまで行けば残りは10kmなので

精神的に楽になれるはず。足も動き出す気がする。

 

とか思っちゃって、

足を止めず、何とか進んだものの、

当然、楽になるはずはなく

完全に失速。

 

痛いし、抜かれるし、

何より前に進めないことが苦痛だったので、

銀座1丁目で旦那はんの声援をキャッチした後、

足を立て直すため、

断腸の思いで歩き始めました。

無念でした。

銀座4丁目の交差点、手前だったと思います。

 

歩き出してすぐ、元会社の先輩が沿道から声をかけてくれました。

が、

あまりにも私がしょぼくれた顔をして歩いていたので

焦って旦那はんに実況電話したそうです(笑) 

 

そこから約2.5km、攣る足を引きずりながら歩く旅になりました。

自分への敗北感で頭がいっぱいで、

景色とか沿道とか、そーゆーのは、全く覚えていません。

覚えているのは、

中央分離帯の段差を利用してストレッチをする人たちが

隙間なくあふれている光景と、

前半で抜かした4時間30分のペースメーカーに再び抜かれたこと

くらいでしょうか。

 

37kmのプレートが見えてくる頃、なんとか痙攣は治まったので

再び走ってゴールを目指しました。

 

豊洲にも元会社の先輩が来てくれたようですがキャッチできず、

40kmで旦那はんをキャッチ。

ゴールまでは、旦那はんが歩道を歩きながら声をかけてくれました。

歩いている旦那はんよりも遅い速度でしか走れませんでしたが、

もう歩かないと決め

41kmから再び攣り始め、動かなくなった足を前へ前へと運び、

初めての42.195kmを終えました。

 

 

記念すべき初マラは、4時間15分以内!

というトコロを目指して、

これまで練習をしてきた私がゴールゲートをくぐった時、

そこにあったのは、  

達成感でも、感動でも、喜びでもなく

ただひたすら悔しい思いでした。

 

日テレサイトの東京マラソンコンテンツで見られるゴールシーンのムービー。

そこに残る私も、明らかに不本意な顔でゴールしています。

 

ゴール後は、

「完走おめでとーございまーす」というボランティアの方々の声の中、

バナナやメダルやタオルなどを受け取っていくわけですが

悔しさがこみ上げてきて、

ちびぃのように大声で泣き出したい気持ちをぐっとこらえ

顔がクシャクシャになっている私を見かけたボランティアの方が 

「おめでとー、完走、本当におめでとう!

 感動だよね!感無量だよね!」

と肩をたたいてくれたわけですが、

 

 

ぜんぜん、違いますから!!!!!

 

 

とか、食いつく気力すらなく

ゴール後も足は攣りまくり、

ボランティアの方に靴紐を解いていただき、

ボランティアの方に車いすで更衣スペースまで運んでいただき

私のボロボロほろ苦い初マラソンは終わりました。

 

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           ゴール直前。

 

  

つづく。

 

 

 

 

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東京マラソン ほろにが物語(上)

 

初めてのフルマラソン。

 

曇天・無風・最高気温9度くらい?のサイコーのコンディションの中

5kmから鼻血が出まして

27kmから始まった足の痙攣が治まらず

35km手前から歩いて立て直しをはかり

37kmから再び走り

4時間48分48秒(ネット)

4時間58分27秒(公式)でゴール。

 

というレースになりました。

 

 

ここからは、状況や感情を盛り込んだ記録です。

人生1回きりの記念すべき初マラだけに、HotでLongなので、

読む方にとっては、ありがた迷惑な三部作にしてみました。

            ・ ・ ・ 

  

スタートブロックは「G」(A~Hに分けられている)。

どうやら私は8月のエントリー時、自分のゴール予測時間を

5時間30分と書いていたようです。(すっかり覚えていない)

 

スタートブロック整列直前まで旦那はんが付き添ってくれ、

ゼッケン着けたり、空いてるトイレを探してくれたり、他、

全般的にサポートしてくれました。

 

整列直前にトイレに行くことができて、

整列してからは周囲の人たちとおしゃべりして気も紛れたのか

気になっていたトイレ問題はクリア。

ゴールまで問題なしでした。

 

 

号砲10分後に石原知事を見上げながらスタートゲートをくぐり

それからは、THE・祭!!! な雰囲気が楽しくて楽しくて

ルンルンと足を運びます。

ランナーが多すぎて思うようにペースこそつかめないものの

ランナーの着ぐるみや、仮装を見ているだけでも楽しくて

あっという間に5kmに。

 

と、 

こーこーで、

ピンクの全身タイツ、オードリー春日を発見♪♪♪

「かーすがぁぁぁ」とか声かけて、きゃっきゃしながら追い抜き

さて、10kmに向けて少しペースを整えてみましょうかね。

と、体勢を整えるべく

鼻にたまってきていた鼻水をチーンとやったところ、

うそうそうそ、うそでしょーーーー???!!!

 

まさかの鼻血。 

 

練習中も、これは想定していなかったので

あたまん中は真っ白。

友だちがプレゼントしてくれたグローブは真っ赤。

 

もう

オードリーとかどうでもよくて、

アタマを過ぎる「棄権」という二文字をブンブン振り払って

 

救護所か沿道の方からティッシュペーパーをもらおうか迷いましたが

ロスタイムがイヤだったので

とりあえず

「上を向いて走ろうよ、鼻血がこぼれないように」

の世界で

行けるところまで、しょぼしょぼと走ってみることにしました。

 

上を向いて鼻をすすって走っているので呼吸が乱れます。

鼻血は小康状態になるものの、完全には止まりません。

でもアドレナリンは出まくっていて

13kmあたりで、ゴールタイム4時間30分のペースメーカーをススス~と抜き

気分良く21kmまで押していけました。

 

10km日比谷に居てくれた旦那はんと、

12~13km増上寺付近に居てくれた元会社の先輩を

キャッチできませんでしたが

21km日比谷で、旦那はんと元会社の先輩の声援をキャッチでき

後半戦への活力を得たのでした。

  

Rimg1621  

つづく。

 

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