東京マラソン 感謝物語

 

ところで。

ワタシが東京マラソンを走っていた頃

ちびぃは、

 

 

Image1  

お友だちファミリー×2と一緒に

シーパラシー太くんと戯れていたようです。

 

  

 

東京マラソンで久々の上京。

ビックサイトで受付を済ませ、宿泊する横浜へ。

 

以前、住んでいたマンションに少し顔を出すと、

マンションや近所のお友だちが10名くらい集まってくれ、

激励やお土産まで。

ありがとう。

 

 

夜ご飯をいただくため、野毛の「わかば」へ。

ちびぃのお友だちのパパとママがやっているお店です。

 

 

Image2   

完走するための食事を“お勉強”してくれたらしく

良質のタンパク質と、炭水化物をガッツリいただきました。

ごちそうさま。

 

 

宿泊は、Nっちゃん&Rくんの家。 

ちびぃは、Nっちゃん&Rくんと一緒にお風呂に入れてもらい、

さて、寝ますか。

と、思ったら

Rくんパパとイイ感じで飲み、酔っ払った旦那はんの幸せそうな寝息で

ぜんぜん寝付けないやんけーーーーー。

 

初マラソンに備えて

前夜は一滴たりとも!の禁酒をしたボク・・・。

にも関わらず、

初マラソン前の睡眠時間は、約3時間でした。

こんなんなら、飲めばよかった。 

 

ま、当然、足が攣ったのはこのせいじゃぁぁぁぁ!

と、

レース後、

八つ当たりの矛先は旦那はんに向きました。

 

 

 

さて。

マラソン当日の朝は、

Nっちゃんが作ってくれた朝食で

Image5  

睡眠不足も忘れました。

朝、5時起きにもかかわらず、ありがとう。

 

 

レース中は、

元会社の先輩方々、

面識がないので会えるハズのないNっちゃんのお父様

そして、旦那はんの沿道の応援と、

ネットの向こう側、テレビの向こう側で応援してくれていた方々に

支えられました。

ありがとう。

 

 

レース後は、

元会社の先輩方(新橋) → ちびぃのお友だち(横浜)

と、

お疲れ会をハシゴしました。

横浜では4ファミリー14人の宴会。

気が済むまで飲みました。

ありがとう。

 

  

マラソンの間は、

O家とN家が

ちびぃを八景島シーパラダイスに連れていってくれて

Image3     

ちびぃは、

久々の横浜ファミリーと

本当に楽しい時間を過ごせたと思います。

 

Image4  

  

大はしゃぎの2日間はあっという間で

上京3日目にはもうバイバイの時間。

 

 

羽田空港まで見送りしてくれて。

 

Image6  

1歳から3歳まで

大はしゃぎにとどめをさして。

 

 

そして、

少~し

さみしい

お別れタイム。

 

Image8  

と、なりました。

 

早朝から夜遅くまで

マラソンの渦に巻き込んでゴメンよ。

でも、

とーーーーっても楽しかったよ。 

ありがとう。 

 

ちなみに、

ちびぃは、おかやまーに帰宅してから

「ぼく、一人でヨコハマに行くんよ!」と鼻息を荒くしています。

夏休み頃、本当に行きそうでコワイんですけど。

  

  

 ・ ・ ・

   

今回のような大きな挑戦は、

自分の努力はモチロンですが、

挑戦できる環境、

協力してくれる人など

様々な条件が揃わないと

成し得なかったことです。

 

 

おかやまーでの準備期間も

東京での滞在期間も

多くの方に支えられていたから

ゴールまでたどり着けたのだと思っています。

 

みなさん! Thank youでした!

 

Rimg1614  

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

東京マラソン ほろにが物語(下)

 

レース直後は、

マラソンは向いてないんだ、とか、

趣味マラソンとか言える立場じゃねぇな、とか、

そういう方向に落ちて行きまして、

惨敗を直視するのに精一杯。

あとは何も考えられませんでした。

 

 

そして一夜明け、

言えることは、

挑戦できたことは良かった

東京マラソンって、やっぱりすごく特別な大会だった

だけだな。

 

とか思って。 

 

 

そして二日が経って、

足の痙攣が酷くなる前に立て直すべきだったかも、

足が攣ったのは、フォームのせいかも、

靴紐をきつくしすぎたせいかも、早めの給水が少なかったせいかも、

とか、

レースの具体的な反省会が始まり。

 

 

そして三日が経って、

そうは言っても、20km+αは、かなり楽に走れていたかも、 

このままじゃ終われねぇな、

これからはロングの練習をもっとやらなきゃ、

足の筋力を強化して攣らない体質にしなきゃ、

耳鼻科に行かなきゃ、(←実は毎朝、鼻血が出る)

とか、

言っちゃってるワケですよ。

 

 

 

マラソンのシーズンが終わった今週は、

 

走れる環境をくれている家族に感謝をこめて

ちびぃとガッツリ遊んだり、少しだけ丁寧に料理を作ったり。

 

給水所のアミノサプリで靴底がベタベタになったシューズを洗ったり。

 

録画した25kmからの藤原新の激走ぶりを繰り返し見たり。

 

そんなことをしながら、

いろいろと思いを巡らせて

結局、たどりつきそうなのは、

 

走ることが大好きなワケじゃないけど、

走ることをやめると、やることがなくなる。

 

というトコロ、でしょうか。

 

 

 

いつかまた機会に恵まれた時

今回、つかむことができなかったナニカを

きっと

いや

ぜったいに手にしてみたいから

まだ

歩みを止めるわけにはいかなさそうです。 

 

Image28   

 

おしまい。

 

 

 

 

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

東京マラソン ほろにが物語(中)

 

21kmを快調に過ぎ、

銀座から浅草にかけて沿道の人もぐっと増え、

街並みやスカイツリーを楽しみながら進みましたが、

もうすぐ浅草だわ~♪という27kmあたりで両足の指とふくらはぎに違和感が。

練習の時はスピードを落とせば違和感も消えていったので

ペースダウンして様子を見ていました。

 

が、

違和感は強まり、

とうとう足が攣り始めました。

両足とも、指先から太ももの付け根までピキピキと固まっていきます。

それでも、32kmまで行けば残りは10kmなので

精神的に楽になれるはず。足も動き出す気がする。

 

とか思っちゃって、

足を止めず、何とか進んだものの、

当然、楽になるはずはなく

完全に失速。

 

痛いし、抜かれるし、

何より前に進めないことが苦痛だったので、

銀座1丁目で旦那はんの声援をキャッチした後、

足を立て直すため、

断腸の思いで歩き始めました。

無念でした。

銀座4丁目の交差点、手前だったと思います。

 

歩き出してすぐ、元会社の先輩が沿道から声をかけてくれました。

が、

あまりにも私がしょぼくれた顔をして歩いていたので

焦って旦那はんに実況電話したそうです(笑) 

 

そこから約2.5km、攣る足を引きずりながら歩く旅になりました。

自分への敗北感で頭がいっぱいで、

景色とか沿道とか、そーゆーのは、全く覚えていません。

覚えているのは、

中央分離帯の段差を利用してストレッチをする人たちが

隙間なくあふれている光景と、

前半で抜かした4時間30分のペースメーカーに再び抜かれたこと

くらいでしょうか。

 

37kmのプレートが見えてくる頃、なんとか痙攣は治まったので

再び走ってゴールを目指しました。

 

豊洲にも元会社の先輩が来てくれたようですがキャッチできず、

40kmで旦那はんをキャッチ。

ゴールまでは、旦那はんが歩道を歩きながら声をかけてくれました。

歩いている旦那はんよりも遅い速度でしか走れませんでしたが、

もう歩かないと決め

41kmから再び攣り始め、動かなくなった足を前へ前へと運び、

初めての42.195kmを終えました。

 

 

記念すべき初マラは、4時間15分以内!

というトコロを目指して、

これまで練習をしてきた私がゴールゲートをくぐった時、

そこにあったのは、  

達成感でも、感動でも、喜びでもなく

ただひたすら悔しい思いでした。

 

日テレサイトの東京マラソンコンテンツで見られるゴールシーンのムービー。

そこに残る私も、明らかに不本意な顔でゴールしています。

 

ゴール後は、

「完走おめでとーございまーす」というボランティアの方々の声の中、

バナナやメダルやタオルなどを受け取っていくわけですが

悔しさがこみ上げてきて、

ちびぃのように大声で泣き出したい気持ちをぐっとこらえ

顔がクシャクシャになっている私を見かけたボランティアの方が 

「おめでとー、完走、本当におめでとう!

 感動だよね!感無量だよね!」

と肩をたたいてくれたわけですが、

 

 

ぜんぜん、違いますから!!!!!

 

 

とか、食いつく気力すらなく

ゴール後も足は攣りまくり、

ボランティアの方に靴紐を解いていただき、

ボランティアの方に車いすで更衣スペースまで運んでいただき

私のボロボロほろ苦い初マラソンは終わりました。

 

Rimg1625  

           ゴール直前。

 

  

つづく。

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京マラソン ほろにが物語(上)

 

初めてのフルマラソン。

 

曇天・無風・最高気温9度くらい?のサイコーのコンディションの中

5kmから鼻血が出まして

27kmから始まった足の痙攣が治まらず

35km手前から歩いて立て直しをはかり

37kmから再び走り

4時間48分48秒(ネット)

4時間58分27秒(公式)でゴール。

 

というレースになりました。

 

 

ここからは、状況や感情を盛り込んだ記録です。

人生1回きりの記念すべき初マラだけに、HotでLongなので、

読む方にとっては、ありがた迷惑な三部作にしてみました。

            ・ ・ ・ 

  

スタートブロックは「G」(A~Hに分けられている)。

どうやら私は8月のエントリー時、自分のゴール予測時間を

5時間30分と書いていたようです。(すっかり覚えていない)

 

スタートブロック整列直前まで旦那はんが付き添ってくれ、

ゼッケン着けたり、空いてるトイレを探してくれたり、他、

全般的にサポートしてくれました。

 

整列直前にトイレに行くことができて、

整列してからは周囲の人たちとおしゃべりして気も紛れたのか

気になっていたトイレ問題はクリア。

ゴールまで問題なしでした。

 

 

号砲10分後に石原知事を見上げながらスタートゲートをくぐり

それからは、THE・祭!!! な雰囲気が楽しくて楽しくて

ルンルンと足を運びます。

ランナーが多すぎて思うようにペースこそつかめないものの

ランナーの着ぐるみや、仮装を見ているだけでも楽しくて

あっという間に5kmに。

 

と、 

こーこーで、

ピンクの全身タイツ、オードリー春日を発見♪♪♪

「かーすがぁぁぁ」とか声かけて、きゃっきゃしながら追い抜き

さて、10kmに向けて少しペースを整えてみましょうかね。

と、体勢を整えるべく

鼻にたまってきていた鼻水をチーンとやったところ、

うそうそうそ、うそでしょーーーー???!!!

 

まさかの鼻血。 

 

練習中も、これは想定していなかったので

あたまん中は真っ白。

友だちがプレゼントしてくれたグローブは真っ赤。

 

もう

オードリーとかどうでもよくて、

アタマを過ぎる「棄権」という二文字をブンブン振り払って

 

救護所か沿道の方からティッシュペーパーをもらおうか迷いましたが

ロスタイムがイヤだったので

とりあえず

「上を向いて走ろうよ、鼻血がこぼれないように」

の世界で

行けるところまで、しょぼしょぼと走ってみることにしました。

 

上を向いて鼻をすすって走っているので呼吸が乱れます。

鼻血は小康状態になるものの、完全には止まりません。

でもアドレナリンは出まくっていて

13kmあたりで、ゴールタイム4時間30分のペースメーカーをススス~と抜き

気分良く21kmまで押していけました。

 

10km日比谷に居てくれた旦那はんと、

12~13km増上寺付近に居てくれた元会社の先輩を

キャッチできませんでしたが

21km日比谷で、旦那はんと元会社の先輩の声援をキャッチでき

後半戦への活力を得たのでした。

  

Rimg1621  

つづく。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)